目次
隣接する2つの地域で展開がはじまった
ついにこのテーマに対する考え方を正面からお伝えするときが来ました。2024年10月1日から熊本県菊陽町での展開が始まったためです。
菊陽町は熊本市と行政界を隣接する自治体で、チャリチャリとしてこのように隣接する自治体のいずれでも展開することは初めてです。台湾の大手半導体メーカーTSMCの話題が大きく報じられることがありますが、数多くの国内半導体産業も工場を構えられ、菊陽町は大きく発展をしている最中です。反面、とくに通勤時間帯の交通渋滞という課題も抱えておられ、今年になって一緒に取り組ませていただきたいとお話しをしてきたところ、実証実験のかたちでサービスを開始することに至りました。
ただし、私たちが悩んだことがありました。熊本市内のポートと菊陽町内のポートをチャリチャリが移動されることはきっとあるだろう、ただ、どうしたら良いだろうかという点でした。現時点では熊本市でのチャリチャリのエリアと菊陽町のエリアとは地続きではありません。とはいえ決してチャリチャリで移動できない距離でも無い範囲にポートがあります。そこで今回は、エリアを越えたご利用というテーマについて考えることにします。
エリアが拡がってきたことにより考える場面が増えてきた
昨年までのチャリチャリは、福岡市・名古屋市・熊本市・東京都の4都市だけでの展開でした。従来からエリアを越えたご利用はお断りしてきましたが、そうはいってもこの中で最も近い福岡市と熊本市の間を自転車で移動されようとすることは無いだろうとみていました(実際には今までに1件あります。13時間かけて、しかも電動アシストではなくベーシックで移動された軌跡が残っており、社内でも時折語られる話の一つです)。
テレビ局の方から「タレントさんに乗ってもらって道々の様子をレポートするのも楽しそうですよね」と冗談で言われることもたまにありますが、笑顔であはは・・と笑いながら、心の中ではごめんなさいと思い続けています。
今年に入ってからは展開都市数が増えました。以前のポストで触れたエリアドミナントという考え方のように、通勤・通学や観光、出張など地理的な重なりが強い都市における展開を進めようと、久留米市・桑名市・佐賀市・天草市、そして新たに菊陽町での展開と9つの自治体にチャリチャリが走ります。ただ、ここでもエリアを越えたご利用はご遠慮いただいているのです。では、なぜエリアを越えたご利用をご遠慮いただいているのか、その正直なところを隠さずご説明します。
エリアを越えたご利用の課題
まず1つめは、自転車台数のデータ計測の観点です。1台の自転車が何回そのエリアでご利用いただいているのかの計測は、事業上かなり重要です。もしエリアを越えたご利用が起きると、A市にいた自転車が次の日にはB市に、B市の自転車はC市に、C市の自転車がA市に、ということが起きるかもしれません。出発・到着はそれぞれのポートごとに把握できますから難しくはありませんが、自転車の台数が常に変動することは避けられません。
外部公開するデータとしても「その地域に何台の自転車があるのか(そして1台あたり何回利用されたのか)」は重要な指標で、越境が生じるとタイミングによって上下が起きてしまいます。この点も、やればできるだろうという範囲に思われるかもしれませんが、ロジックが複雑になりすぎてしまい(時期や他都市との)比較可能性を失う課題があります。
2つめはバックファイナンスです。チャリチャリの自転車は、購入(一括償却する)とリース・信託により調達している車両とがあります。大規模な設備投資が必要なため、リースや信託モデルでの調達などを含め常に最善のファイナンスを考えています。一括償却した車体は社内で管理できていればよいのですが、リースや信託の場合にはどの地域で使用するのかを契約で定めています。日本、となれば気にしなくてもよくなるのですが今のところはそうもいきません。リースの場合には車両はリース会社に所有権がありますから、どこに資産が所在しているかはある程度明確にする必要があります。GNSS(位置情報)によって明らかに出来るようになっていますが、契約書にどう書くかとなると難問です。ですからこの車両は福岡市にいますよ、久留米市にいますよ、ということを決めておくのです。リース会社さんによっては、うちの強い地域だからここは全部持つよとおっしゃっていただくケースも多くあります。こうした事情から、車両が違うエリアに越えていってしまうことは避けたいのです。
3つめは、途中の乗り捨てという問題です。A市からB市に行こうとしても、途中で体力の限界が来られるかもしれません。雨が降ってきて断念せざるをえないかもしれません。お腹が痛くなるなど体調を崩されることもあるかもしれません。安全な状態でお乗りいただきたいので断念しないでとは申しませんが、とはいえその自転車は回収しにいく必要があります。エリア内で完結している場合には私たちが再配置を行っているトラックが回収にうかがいますが(それでも違約金や実費が発生することがあります)、これがエリアをまたぐあいだの距離となると即時の回収も困難です。こうしたことから、チャリチャリはそれぞれのエリアの中でご利用いただくということをお願いしています。
日本国内における事例
このようなエリアをまたぐことについては、いくつか先行事例があります。その中でも有名な事例はドコモ・バイクシェアさんでの川崎市と大田区のケースでしょう。多摩川をまたいでの返却はできません。相互にそれぞれが別の事業として展開されているためだとみられます。それぞれのステーションに行くと相互に返却が出来ないことが明記されています。同様に、横浜市のbaybikeと川崎市との間でも相互に返却はできません。一方で東京都内の特別区においては広域相互利用としてそれぞれの区の中で返却することを実現されておられ、多くの方たちはもはや意識されていないと思います。(東京に住んでいる人にとっても区の境となる道路はどこなのかと言われても多くの人がわからないでしょうから、こうした連携は利用者にとっては大変便利です。)
逆にOpenStreetさんのHELLO CYCLINGの自転車は、原則としてどのステーションで借りてもどのステーションで返却されることができます。東京で借りて埼玉で返却することもできれば、過去には都内からだいぶ西の方まで行かれた方のXの投稿もありましたね。HELLO CYCLINGさんでは、チャリチャリの持っているエリアという地図上でくくる考え方はおありではなく、日本全体がある意味でひとつの大きなエリアでいらっしゃいます。運営面では色々なご苦労もあろうとは思いますが、自転車のもつ自由な移動が体験できるという意味ではHELLO CYCLINGさんのモデルの考え方もまた一つです。
海外における事例
海外においてはどうなのでしょうか。中国全土で展開する主要3社をみると、美団、Hello Bike、青桔はいずれもエリアをまたいだ返却は出来ません。都市の外に出ると警告され、エリアを出ないように促されます。以前は無法地帯といわれるほど自転車が投下され、その後は都市ごとに総量規制が設けられたことから行政側の管理という理由があるかとも考えましたが、多少のズレでどうこうというレベルでもないなと思い、おそらく重要な理由ではないでしょう。よって、純粋に自転車の運営・管理面が理由だと考えられます。
アメリカやヨーロッパにいくと都市ごとにサービスが異なるため、そもそもエリアをまたいで返却するという概念が考えにくい状況があります。システムとしてはPBSCやnextbikeなどのプラットフォーマーが提供していても、都市ごとに異なるサービス体系だからです。ニューヨークのcitibikeを借りても同じPBSCのシステムであるカナダのトロントで返却できるかというと、それは別ものです。ラックにガチャンとはハマると思いますが。
それ以外にも、長時間の利用を禁止することで事実上これを防いでいるケースもあります。最大2時間までしか使えないという制約が組み合わさっているのです。
車などに積載して移動すること
エリアをまたぐ場面については、自転車が直接走行するだけでなく、車や船などに積んで移動されることも想定しておく必要があります。
チャリチャリは比較的早い段階で「船舶、自動車、鉄道、航空機その他の輸送手段に積載し又は移動する行為」をご遠慮いただくよう明記しました。船という事例では、福岡市内の渡船(姪浜-能古島間)にお載せになられていた事例は過去にかなりありました。こちらの渡船はもともと日常生活の移動として使われていることもあって自転車を追加料金で載せることができるのです。
サイクルトレインという存在も増えてきました。ある日、西鉄さんのサイクルトレインがはじまる初日の様子をテレビニュースを見ていたらその映像にチャリチャリが写っていてびっくりしたことがありました。当時は久留米での展開はしていませんでしたので「どこまで行っちゃうの〜」とドキッとした記憶があります(その際にはたしか福岡市内にご返却いただいていました)。
今後のチャリチャリの考え方
チャリチャリは1分単位という料金体系、20インチの小径車ということもあり、1時間を超えて長時間お乗りいただく方が多いわけではありません。ただ、観光用途はもちろん、休日となると比較的長い距離をお使いになられる方もいらっしゃいます。今回のように熊本市と菊陽町というように隣接する自治体となれば観光とまでいかなくとも日常移動の中で選択いただく場面もあるはずです。
現実的な方向性としては、いずれ一つのエリアとして接続することが考えられます。もちろんそのためには様々な調整や課題解決を経ることが必要になりますが、利便性を考えれば当然の流れでしょう。
熊本市での展開については3カ年計画を今年春にお示ししており、今年度は健軍・日赤方面に、来年度は西熊本方面に、再来年度には光の森・運動公園方面にと拡張計画を先にお伝えしているのです。この計画を決めた時点では菊陽町での計画は全くなかったわけですが、予定では令和8年度になるとこうして熊本市内のエリアが延伸し、その時点で菊陽町のエリアと接続することが見込まれます。
そうすると、このタイミングでは熊本市と菊陽町のエリアを別で設定することはおかしいでしょう。なぜならば、JR光の森駅周辺では北側と東側の道路で熊本市と菊陽町がわかれているのですが、それぞれこの道路はチャリチャリでは渡れませんなどということはおかしいと思うからです。行政区域・行政界はあくまで行政のためであって、日々の生活の中でこの道路をまたいだら◯◯市だなと思いながら生活するものではありません。上に挙げた理由でもって一つのエリアは一つの自治体としていますが、これは提供者側の勝手な都合に過ぎず、生活圏や観光圏などで考えるべき場面が私たちにも近いうちに拡がってくるはずです。
ところで、実はこうしてシェアサイクルを生活圏で捉えるという事例は既に存在しています。福岡市でのチャリチャリの展開では、隣接する志免町役場にもポートがありますし、粕屋町内にもポートがあります。福岡市と志免町、粕屋町が生活圏としても密接につながっていることから地域の皆さまのご要望にお応えしてきた結果、こうして福岡市の行政界からはすでに越境しています。どこまでも延伸するのだとなると運営面でカバーすべき面積が広くなりすぎてしまうため限界はありますが、今後もこうした可能性はありえます。
ポイントは「生活圏の視点で考える」「移動のニーズで考える」ということにつきますが、今までの考え方に固執せず試行錯誤しながら考えていきますのでぜひ皆さんのお考えをお寄せください。